2009年02月04日

季節風 最終話

 久しぶりの更新で、申し訳ありません。今回最終回を迎えます。
ご感想をお待ちしております。

   
十ニ月 二十ニ日 ― ダイニングで・・・
  女たちの祝賀会。
 

“カンパーイ”

 

フウカ、アキ子、チカコ、パート小林そして
 プラスワンの仲間が加わりダイニングで小さな
 祝賀会が開かれている。

 

「笠牧さん、会議で格好よかったのよ。」

 

フウカがいち早く、みんなに聞かせたいらしい。
 一昨日の経営会議に、経理部から安岡部長と
 冨樫主任、フウカとカサマキが参加した。

 

フウカは自分の企画を役員たちの前でプレゼン。
それに対し、人事部武田部長は事前に、
アキ子ら人事部員たちと話し合いで決定した、
人事評価方法を発表した。

 

見事、企画はモデルとして間接部門で
導入されることになった。

 

カサマキは、二十年前のビューティ企画室の
再建をプレゼンしたのか?

 

カサマキは、いつもとは全く違うスタイルだ。
髪をステキにカットし、淡いグレーで、かつ女性
らしいスーツ姿。

リラックスして、タバコを吹かす姿は
女王としてふさわしい。

 

『えびす様』とは誰がいった?

 

これから、女たちのささやかな祝賀会を
オープンしよう!と言った最中、
後ろの襖が乱暴に開かれた。

黒い木綿のソックスが、女たちの目に入る。

 

「富樫主任!ダメですよ!今日は、男子禁制!」

 

「また、安岡夫人。オレも入れてくださいよ!」

 

チカコと冨樫のやりとりで、どっと沸く宴会場。

 

「カサマキさんには参りました。
だって、経営会議で何を発表したと思います?」

 

フウカがしたい話を、冨樫が飲み物を
 頼むことも忘れて話したがる。

 

「二十年前の企画じゃないんですよ!
 せっかく、オレが発掘してサポートプレゼンの
 セリフまで寝ずで、考えたのにですよ!」

 

『有料老人ホーム・プラスワン』

 

カサマキは、タバコを陶器の灰皿で綺麗に揉みけし、
 代わりに答えた。

 

「いくつになっても、女性は女性。
 あんな会社が考えている映画館なんかが
 併設されている、老人ホームなんか
 いずれは退屈するわよ。

 エステルームも備え付けて、スパもあるの・・・」

 

「あ!それなら、私も入りたいわ。
 社員割引はあるの?パートも・・・」

 

パートの小林が答える。

 

「それとね、若い世代を集めて老人たちが
 講習会を開くのよ・・・あの方々は人生の先輩。
 心配りや気配り講座、特に女性は時代が悪くて
 虐げられてきたから、どこかの大学教授よりは、
 現場経験が豊富のはずよ。実践的な講習会ができるはずよ。
 それが、一番の介護予防策にもなるわ」

 

「心配り?気配り・・・若い人は、
 馴染まないんじゃないの?」

 

チカコは素直に質問する。

 

「自分を受け入れて欲しかったら、
 まず相手の立場になって思いやる心を持つ。
 仕事でも家庭でもね。先輩たちは、その辺のところは
 プロよ。ちょっとごめんなさい、説教臭くなったわね」

 

「すごく大事ね・・・他人を思いやる心」

 

フウカとアキ子は、同時に同じ言葉を口にした。

 

「でも、カサマキさんってすごい。
 いつも地下室へサボりに行っていると思ったら・・・
 介護に関する勉強もしていたの?」

 

 チカコは少し毒づく。

 

「私は、二十年間同じ位置になんかいない。
 っていったでしょ」

      四月 一日 ― まるまる商事 人事発表抜粋 

“次の者を、標記の職務に就くことを命ずる。

 

・有料老人ホーム「プラスワン」事務局長・・・笠牧あづさ

・同右            事務局員・・・小林りょうこ
                (前年度パート)

・経理部           課長  ・・・富樫アキラ

 

・新企画室「定時で、帰社!」 室長  ・・・星野フウカ

・新入社員教育部(新設)   部長  ・・・山本アキ子

  

まもなく、また桜が吹雪く・・・

 

しなやかに、そしてしたたかに・・・

 

posted by YUMMY at 23:06| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月06日

季節風 第60話

    十ニ月 十六日 ― アキ子と武田部長 

“日本の女性の労働人口は、M字型曲線を描く。
男女とも、二十歳から二十四歳で就職するため、
グラフ上の曲線は、急上昇する。
その後、女性は結婚、出産のため三十歳手前で急降下する。
三十歳代で再就職する者も多いので、
又上昇するが、以前の山よりも低い。
それも、多くはパートなどの非正規社員が、
山を必死で形成しているに過ぎない”

 

(欧米は、逆U字型曲線があたりまえか・・・
 男女共ほぼ同じ年代で上がり、下がりをするのね・・・)

 

給料計算のための、勤怠関連データ入力や書類の
ファイリングはいつも午前中の早い段階で
 終わらせるようにしていた。
 あまり、脳も活性していない段階では、
 手作業をなるべくすばやく済ませることに集中すると、
 午後の勤務から頭脳労働に入りやすい。

 

アキ子は努めて、空き時間を作るようにしている。
 ルーティン業務は、先月よりも、昨日よりも更に
 スピードアップやミスをしないように心掛ける。

 自分のデスク周りから離れて、
 少し遠い距離も視野に入れて業務を遂行する。

 

人事部のセンターに作業台を配置した。
 と言っても以前から使わずに眠っていた机を
 庶務課小林の協力のもと、倉庫から、
 アキ子の提案で運んだものだ。

 

「武田部長、今週の記事を入れ替えますね。」

 

その作業台に、ホームセンターから購入した
 透明のテーブルマットを敷いた。

 アキ子は、テーブルマットに毎回人事系に
 関する新聞の切り抜きや、アキ子が纏めた資料を
 挟めるようにした。今回は女性の労働の人口比率が、
 欧米と比べてどう違うかを記述した資料を挟めた。

この作業台のお陰で、人事部員は社員への配布物の
 纏め作業や、ミーティングなどオープンに出来るように
 なった。ナイショ話が出来なくなったともいえるか・・・

 作業台で、業務をしている間にでもアキ子が
 仕入れた情報をテーブルマット越しで見ることが出来る。

 

「武田部長、なにかお手伝いすることありませんか?
 次回の経営会議の資料でもコピーしましょうか?」

 

アキ子は、正直あまり好きではない上司武田部長に
 対しても、自分から話し掛けるようにした。
 何か、指示を仰ぐにも予め業務を予測して伺うようにする。

会社の動向を感じ取り、自分がやるべきことを示唆する。

 

「そうだな・・・まだ準備が出来ていないからいいですよ。
 その時声をかけます。」

 

武田部長も以前より、対応が柔らかになってきたようだ。
 以前のアキ子は、心の中で暴言劇場を展開させて武田に
 対する憂さ晴らしをしていたのに・・・

 

「それなら、部長、人事部として是非検討したいことがあるので、
 相談に乗って頂きたいのですが・・・
 お時間よろしいでしょうか?」

 

アキ子は、作業台の方に武田部長を誘導する。
 丁寧に、椅子を武田部長の方に向ける。

 

「御茶も持ってきますね。私も喉が渇いたので一緒に
 失礼します」

 

経営会議の資料も、まもなく準備が整いそうだが
 武田は手を休め部下の話に耳を傾けようとする。
 アキ子の誘導に従い椅子に腰をかけた。

 どんなへそ曲がりだって、『相談したい』と
 持ち掛けられたら嬉しくない人間はいない。

 

 鎌倉彫りのお盆に、玄米茶を入れた武田部長の
 信楽焼きの湯飲みとアキ子のパステル調のマグカップをのせて、
 作業台の脇に置く。武田の向って右側にアキ子は丁寧に
 湯飲みを置く。

アキ子は、武田部長の左脇の椅子に腰掛ける。
 自分のデスクから、資料を持って武田部長の正面に広げる。

 

「経理部から、持ちかけられたプランです」

 

それは、フウカの企画書コピーだった。

 

「この“残業ゼロで付加価値の高い業務を!”
 というフレーズなのですが、もしこれが全社で
 浸透できたら素晴らしいことですよね。
 何も家庭責任のある女性社員だけではなく、
 男性社員だって定時に帰宅出来れば、
 奥様の家事だって十分手伝えるわけでしょ?まあ、
 家事なんてしたくない男性だって、
 たとえば帰り道スポーツクラブで汗を流すことだって出来る。
 もっと、自分の仕事を高めるため図書館で資料収集もできる・・・
 経済効果も期待できます。」

 

アキ子は建設的に、『会社にとって、社会にとって
 経済効果が高いこと』ことを重点に、
 武田部長に対してネゴシエートする。

 少しゆっくりした口調で話し、山場に持っていく。

 

「経理部では、人件費削減や生産性アップを
 図ってこの企画を持ち込んでいるんでしょうけど、
 人事部もその後の評価の部分で、大いに検討すべき
 ところだと思うんです」

 

「そこで、もしこの企画が通った場合、
 人事部としてどんな評価システムを導入したらよいのか、
 人事部でミーティングをして決定できたらと思うんです。

 私たちの意見を取りまとめて、武田部長から経営会議で
 図って頂けませんか?」

 

武田部長は、フウカの企画をパラパラ眺めはじめた。
 夏に、経理部の冨樫を交えて安岡と話と一席を設けた時、
 安岡が怪訝そうに話していたシロモノだと解った。

 一人の女性社員の思い込みで創りあげた企画ではなく、
 会社への貢献度や社会に対する経済効果を盛り込んで、
 部下である山本アキ子は再度、自分へ相談を持ちかけた。

 

 解った・・・そんな答えを告げる代わりに、アキ子に語った。

 

「山本君、その前に君がどんな生活をしているのか、
 聞かせてくれないか?お子さんもいて、仕事も両立させている。
 君の時間管理術を参考にして、人事部内で、
 明日の午後一時この作業台で打ち合わせよう」

 

 アキ子は笑みをこめて、心をこめて武田部長に対して
 九十度にお辞儀をした。

 

「ありがとうございます」

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2008年12月18日

季節風 第59話

※ 十ニ月 十一日  ― 『カサマキ』の正体。 

「笠牧さん。今は業務中です!先ほどから、
 席を外してばかりですけど!地下の倉庫は、
 禁煙ですよ!」

 

経理部内の室温は、急降下した。

冨樫の怒鳴り声が、カサマキの背後に向って、
そして跳ね返し、他の経理部員を動揺させる。

 

次回の経営会議の資料を見直していた、
安岡部長は、驚きを隠せない。

顔はかなり紅潮していた。

 

先月の末日に、チカコとの結婚を公に発表した
会の時よりも深みのある紅色。

 

「冨樫君!」 

 

なんと言うことか、安岡は逆に冨樫を
注意しようとする。

カサマキのサボリを黙認した部長としての責任を、
まさに逆ギレに放棄して、全く正反対の立場の者を
標的にしようとしている。

安岡の婚約者チカコは、どうしたら良いか解らない。
いつもの凛とした美しい顔立ちも、よどみ始めている。

 

自分の存在が、経理部の雰囲気を崩し兼ねないと、
人事へ派遣契約の打ち切りを申し出たが、
予定の契約満了日三月末日まで、勤務するように
命じられた。

チカコが所属している派遣業者が、今後も取引を
継続させたいらしく、グレーな手段でまるまる商事を
説得したらしい。

 

“所属先の上司と不倫の上に略奪結婚・・・”

 

こんなレッテルも、安岡のこれまで会社に対して
献身的だった姿勢が大いに功を奏したのか・・・
役員たちは、祝福ムードだった。

 

会社から丸ごと弁護されている男に対して、
冨樫は立ち上がったのか・・・

興奮気味の冨樫の前に、フウカが立ちはだかった。

 

「笠牧さん、私も喉が渇いたところなの・・・
ちょっといい?」

 

冨樫に目でサインを送りながら、
カサマキを廊下へ出そうとする。

 

フウカは、冨樫が気持ちを落ち着かせてくれれば
 良いと思った。

 冨樫主任が『会社の膿をだそう』とフウカの前で誓
 った日から、何やら影で動いていることは判った。
 安岡部長に対して攻撃的になり、あせりも感じて
 いることも判った。いくら天然のフウカも、解っている。

 

カサマキは、以前この会社でかなり上層部にいた
 女性社員なのだろう。

 それが、何か大きな失敗をして降格になった。
 やる気を失って、毎日地下の倉庫へサボりに
 行くようになる。

 結婚もしていなく、子供もいないらしい・・・

 

会社側もなにか、カサマキに対して
 後ろめたいこともあり、サボリ続ける
 カサマキに対して、注意をしようともしない・・・

フウカは、カサマキと話がしたかった。
 カサマキに何が起きたのか?

 冨樫も調査を開始しているらしいが、女性として
 本人から聞き出したかった。

 

何か、自分と同じ世界を感じる・・・
 冨樫主任には悪いが、これが絶好のチャンス。

 カサマキと共にサボリに地下室へ
 脱出できるかもしれない?

そう思案し、カサマキを廊下に送り出せると
 思ったとたん、冨樫の口から想定外の
 セリフが経理部内でこだました。

 

「星野さん、主任の指示に従ってください!
 今は、業務中ですよ!今日も定時で帰るんでしょ。
 サボったら、その分取り返すのに無駄なエナジーが
 いるんじゃないんですか?あなたのモットーに
 反するのでは?」

 

主任の立場で、星野に意見する。

 

でも、少し嬉しいフウカ。自分の主旨を初めて
 汲み取ってくれた男性。

 そんな感情的な淡い気持ちも、冨樫は応える暇もない
 様子で、まるでこの場を待っていたかの如く、語り始める。

 

「あんな暗くて、空気の悪い地下室へ逃げるのは、
 もうやめて下さい! 

 笠牧あづささん!」

 

カサマキのフルネームを呼び上げる、冨樫。

カサマキのファーストネームを初めて知ったフウカ。
尚も、冨樫は語る。

 

「ビューティ企画室、昭和六十年に室長と
 して就任しましたね。

 男女雇用機会均等法が施行されて間もない春、
 まるまる商事がバリキャリウーマンを育てることを
 スローガンに、中途入社の笠牧さんを
 当時抜擢したのです。

 いつも前向きに仕事をしていた笠牧さん。
 いつかは、女性初の管理職を目指し、
 上司に経営改善策の企画書を提出しつづけた甲斐あり、
 笠牧さんにとっては、願ってもいないポストだったはずです」

 

安岡の頬は紅潮から、一気に青白く変色した。 

 

 すると、まるでとっくに忘れ去れた物語の続きを語るように、
 しゃがれた低いトーンの声が響いた。

 

 カサマキの声だった。

 

返事の声しか今まで聞いたことがなかった。
 フウカとチカコそして富樫主任。

 安岡部長にとっては、二十年近く振りに聞くことに
 なる声なのか?

 

 「化粧品の買付から、スタッフの割り振りまで
 決めるのに、私一人で走り回ったわ・・・
 その時は大手のエステサロンが、すでに
 ブランディングを強化してがっちり顧客を
 掴んでいたから、とにかく他にはない
 オリディナリティーを取り入れる必要性があったの」

 

『オリジナル』と言わず、綺麗な発音で
『オリディナリティー』とさらりと言ってのけるカサマキ。

 余剰人員などとても思えない、話し振り。
 安岡は、もう諦めたのか机を片付け始め、
 経理部を出ようとした。

 

「安岡部長。勤務時間ですよ・・・
 部下の話を聞きませんか?」

 

チカコが、フィアンセとしてではなく
 上司に対して懇願するように口を開いた。

 

「当時どのエステサロンも使っていなかった、
 痩身機器の開発をお願いしたの、長谷川電機に」

 

「長谷川電機・・・あのエレベーターのメンテナンス会社?」

 

フウカが、尋ねる。以前、業者として
 レベルの低い仕事しかしないと安岡部長に訴え、
 入れ替えを提案した業者。そして、冨樫が
 毎月百万以上カラ請求にたいして、
 送金していると言ったあの業者。

 

「あの会社にそんな技術力があったなんて・・・」

 

フウカは、もっとカサマキの話を聞きたく、
 更に体をカサマキに近づける。

 毎月の不正請求のカギも解りそうだ。

すると、カサマキはフウカの上肢部を
 まさぐってきた、でもフウカは拒否もせず、
 心地悪さも感じず、されるままになった。

 

「そう、ちょうどこの太もものところ。
 この中の脂肪球を溶かす周波。
 低周波が当時主流だったんだけれど、
 それではあまり効果がない。
 早期に効果の得られる超音波振動を
 開発したの」

 

二十年前は、研究に研究を重ね女性の
 身体のしくみも丹念に勉強したのだろう。

 スカートの上から、フウカの太ももを
 マッサージするカサマキの手つきは
 プロそのものだった。次第にリラックスした
 気持ちになった。

 

「その振動部の使用権を巡って、長谷川電機が
 まるまる商事に対して、訴訟を興したの。
 開発したのは私。技術面で長谷川電機が
 手を加えただけ。私は、この振動部をコンパクトにして、
 もっとコストを抑えられる取引先と連絡もつけ、
 増産もできるプラントも見つけた。
 お客様が自宅で、痩身ケアができるような
 小型商品の販売計画も立てたの。
 当然、振動部はまるまる商事の権利になると
 思ったし、裁判で発言する準備だってしていた。
 ところが、会社は私を裁判上に立たせなかった。
 会社の都合で、勝手に裁判は進められた。
 現場のことは、私が一番詳しいはずなのに事
 実確認もしてはくれなかった。」

 

「会社は見放した長谷川電機側の訴訟のせいで、
 他のセクションの事業まで悪評判が浸透し
 収益はがた落ち。世間では、当時高額な
 クレジットを客に組ませる悪徳エステ業者も
 続発しており、たとえ裁判で勝ったとしても、
 会社の評判は、もっとどん底まで落ちると予想する。
 このまま笠牧さんの企画を続けても、まるまる商事
 の社会的地位を存続するには厳しいと判断した。
 そのまま綺麗にお蔵入りを決める。

 やはり裁判では、長谷川電機がかなり優位な立場で
 展開していたが相手方は、その権利を逆にまるまる商事
 に譲渡すると言って来た。
 裁判を途中で切り上げ、賠償金はいらないから、
 長谷川電機側にとって都合のよい契約書を交わさせ、
 向こう三十年間送金を命じた。」

 

冨樫が、これまで調査したことを大き目の声で発表した。

 これで、カラ請求のなぞが解けた。

 

「ただ会社の面子のために?そんな無駄なお金を払って、
しかも一人の女性社員を葬り去ったの?」

 

フウカがたまらず、声をあげた。こんな気持ち
 悪い魑魅魍魎が宿る会社でなんとか成功しようと
 していた自分を恥じた。

カサマキはフウカの下肢をマッサージする手を止め、
 ポケットからくしゃくしゃなタバコの箱を取り出した。
 会社は全館禁煙だが、ライターで火を点け、
 構わず灰をフロアに落とし始めた。
 低音な声から、クリアーなトーンで話を再開した。

 

「男たちの片腕の中で、ちまちまと仕事をしていれば、
 わたしは今頃女性初の管理職になれたかもしれない。
 きっと、わたしの企画、開発力で会社全体まで
 動かすのかもしれないと男たちは危惧したかもしれない。
 だから、裁判で敗訴しそうだというのは、格好の口実。

 あれから毎日、地下室へ行って権利書を探しに行ったわ。
 だって、あれはまるまる商事が毎月使用料を払っているん
 でしょ?なんとか自分のものにして、
 ここを辞めるつもりだった、
 でもね・・・そうよね、そんな権利書とっくに焼却したに
 決まっているわね。」

 

「カサマキさん、どうしてあれから二十年間も同じ位置で・・・
 辞めなかったの?あなたなら、もっと別のところで活躍
 できたんじゃないの?」

 

フウカだけではなく、大抵の人間ならだれでも質問する
 ことをフウカは尋ねた。

 「フウカさんっていったかしらあなたのお名前・・・
 企画を安岡サンに出したんでしょ?よくそんなこと、
 聞けるわね。それにね・・・私は『二十年間同じ位置』
 になんかいないわよ。あなたは自分の力を会社に
 認めてもらいたくて、会社の役に立ちたくて
 精一杯企画を考えたんでしょ?
 ここではムリだから、他へ転職するなんて
 安易なことをひょっとして考えているの?
 それだけの思いなの?そんな生半可な思いが
 見え隠れするから、男たちは余計あなたを
 敬遠しようとするのよ」

 

さらに、フウカの精神にマイナス三十度くらいの
 雹をぶつけられるかのように激しく、
 痛く、なぜか熱いメッセージが注がれる。

 

「会社がもう身勝手な女性活用をしないように、
 ここで働きつづけることにしたの。
 辞めたら二十年前に築いたことはムダになる。
 周りから何を言われようと、左遷されようと、
 会社の象徴として居座りつづけることにしたの。
 毎日、地下室へ行って、自分が当時書いた企画書を
 わざと放置したわ。焼却されても、捨てられてもね・・・
 私の痕跡を風化させないように」

 

 フウカは、声を荒げる。

 

 「でもあなたが、そんなことをしても会社は
 何も変わっていないわ!男女雇用機会均等法が
 制定されて二十年が経っても、
 なにも変わっていない。あの当時生まれた
 赤ちゃんは成人している。
 私の子供は、まだ生まれて四年しか経っていないのに
 少しづつ出来ることが増えている。
 季節は移り変わっても、そんな暗い復讐劇、
 男たちなんか気付いていないわよ!」

 

 チカコもフウカのセリフの続きを述べる。

 

 「専門職の女性チーム有料老人ホーム企画室、
 女性事務職を対象に毎年開かれるビジネスマナー教室。
 すべて、男性管理職の腕の中で進められているわ」

 

チカコの話を聞いて、安岡も小さなショックを
 受けたらしい。若いフィアンセに忠告され、
 チカコも女性社員の一人なのだということを一瞬垣間見た。

 さえないしかも、小さな声で安岡は三人の女性に話す。

 初めて、真っ当に会社のことを、仕事のことを
 女性たちに話すのではないか・・・

 

「男の仕事。これは、あなた方が思っているほど、
 簡単じゃないんだよ。」

 

フウカは憤慨した。ようやく上司が、
 自分たちに重要な話をしてくれるのかと思ったら、
 こんなことしか言えないのか・・・
 ようやく、カサマキさんが心を開いて
 くれたというのに・・・

 

 「あんたは、カサマキさんの思いが解らないの?
 年齢はあんたぐらいでしょ?男だったらカサマキさんは、
 とっくに役員になっていたのよ・・・
 こんな暗い復讐劇をやらせて、二十年間も・・・
 気がつかないの!もっと、現場で働く私たちの
 考えを一つでも取り入れようとは思わないの!」

 

だめだ。とうとう、感情をぶつけてしまった。
 上司を『あんた』呼ばわりして、アキ子がいたら、
 叩かれていただろう。来春異動になるのは、ほぼ決定だ。

 

 冨樫が、冷静に主任らしく安岡に提案する。

 

「安岡部長、星野さんの企画、そして笠牧さんの
 企画をこんど経営会議の場で取り上げませんか?
 カサマキさんと星野さんと・・・出来ればオレで
 出席させてもらえませんか?」

 

「わかった・・・」

 

安岡部長が初めて、女性の部下を表舞台に
 立たせようとしている。

 

しかも、男性部下 冨樫主任の助言で。
カサマキは、二十年間訴えても届かなかった。
フウカは、契約社員の身でも勇気を振り絞って、
同じ企画を出したのに跳ね返された・・・

 

冨樫の腕には、二十年前カサマキが書いた企画書と、
フウカの企画書が握られている。

 

(星野さん、味方になりますよ。笠牧さんだって、
 オレより先に味方がいたんでしょ?
 浦山さんの次にオレ応援しますよ。)

 

 冨樫の心の声は二人には聞こえない。

 
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2008年11月30日

季節風 第58話

※ 十一月 九日  ― パート小林のパフォーマンス 庶務課の昼下がり 

「ねえ、小林さん何をしているの?」

 

年齢にして二十代半位の、庶務課女性が小林の脇に立つ。

 

「仕事をしているに決まっているでしょ。
それもかなり付加価値の高い仕事」

 

「フカカチ・・・」

 

若い女性庶務課員は、“フカカチ”を頭内で
文字変換出来なかったらしい。

 

そんな課員の目の前で、まるで小さなショータイムを
するかの如く、パソコンのキーを叩く。
最近、エクセルとワードの教室にも通い、
キーパンチはさすがに早いとは言えないが、
少しづつ板についてきた。

 

「それ、清書するように部長に頼まれたんですか?
でもそんなフォーマット、見た時ないし・・・
それとも、部外の上層部に入力を頼まれたんですか?
もう。小林さんは人が良いから、
良いように使われてしまうんですよ・・・」

 

溜息をつく、若い庶務課員。

 

『頼まれる』『使われる』先ほどから、
この女性庶務課員は、受動態の動詞しか使っていない。

能動的に働いて、自分から仕事を追及すること
など考えたこともないらしい。

かつての小林もそうだったが・・・

 

「ねえ、経理部の星野フウカさんって知っている?」

 

小林は、庶務課員に質問をする。

 

「いいえ。私たちと同じ女性社員ですか?」

 

『同じ』とはどういう意味か?同じ
『女性』と言う意味なら許してあげよう。

 

「星野さんはね、上司に企画書を提出したのですよ。
どんな内容だと思う?」

 

「さあ・・・でも、かなりその人、
変わっていますね。事務職で企画って
ピンとこないし・・・もしそんな企画が通ったら、
仕事大変になるだけだし・・・」

 

内容はどういうものなのか、
まったく興味もないらしい。
彼女たちは結婚しても、受身な人生しか送れず、
『ソコソコでいいのよ』と私のようなパート主婦で
満足するタイプなのか?年収百三万円以下で、
自分が幼い頃に見た夢を殺し、自分をごまかしながら
おばちゃん顔に、退化するのか・・・

そうも思ったが、小林はさらに話をする。

 

「今はね、私の担当業務を棚卸し始めているの。

左の軸を見て。“郵便物の仕分け”
“年中行事に使う、備品の買出し”
“事務用品の充填”右の軸には、
色々な目標を示しているの。
たとえば、もっと早く出来ないかとか、
もっと丁寧にできないかとかあるじゃない?
次のステップでは、もっと会社の利益に繋がる
ことは想定できないかを示しているの・・・
たとえば、“郵便物の仕分け”を一つ例にとるわね。」

 

“『郵便物の仕分け業務』

 

    業務の目的・・・各部署へ、早期に間違いの
ないようにお配りする。

 

    今後の目標・・・送信者を精査して会社と
どのような関わりがあるのかを区分する。

 

    効果・・・取引先であればそこの会社の情報を
調べ、各関連部署にお配りする。営業一課で
活躍する人は、自分がかかわっている取引先の
ことしか解らないもの。庶務はその点、
会社内の全部署の取引先を網羅出来る。
相互的な視点で有意義な情報を送り込み
会社の利益に繋がらないものか・・・“

 

「あまり深く考えたことのない、
定型業務でもこんな風に整理して仕事を
進化させていくことで、まったく違う
仕上がりにならない?私たちの業務だって、
立派に会社の収益に関わって行くのよ。」

 

「その経理部の星野さんって人が、
そんなような企画を上司に提出したんですか?」

 

興味が少しあるのか、一人の庶務課員が聞いてきた。

 

「いいえ、彼女はこんな風に毎日自分の
業務をやり遂げているの。ごく日常的によ。
彼女の企画は、そうね・・・主に男性社員に
聞いて欲しいことなの。

『主婦OLの仕事術。残業ゼロで、
付加価値の高い仕事を!』をスローガンに、
会社全体で自分の業務を定時にやり終えて、
かつ収益になるように変革させたか、
個人個人で査定して、優れている人には
表彰しましょうという企画なの。」

 

「主婦OL?かなり難しくないですか?
だって、そんな人たち男の人たちと同等の仕事なんか、
出来るわけないですし・・・だいたいそんなケッタイな
内容、男の人がまともに聞くわけないじゃないですか・・」

 

庶務課員は、小林が想像していた
セリフを真顔で口にした。

正直なところ実態は、この庶務課員が
言ったとおりだ。奇麗ごとでならべても、
そんな夢物語の企画書が通ることなど、不可能に近い。

 

でも、小林は話を続けた。

 

「そう。そのとおり。見事にその企画は、
上司に撥ね付けられたけど、
彼女は諦めていないのよ。そこに託した企画どおりの
行動を毎日興しているみたい。

わたしも、彼女ほどまで行かないけども、
星野フウカさんに賛同することにしたの。」

 

「たとえば、こんなふうに『業務の棚卸』
をしたりですか?それならもっと、派手なことを
したらどうですか?」

 

庶務課員も、フウカの行動が少しは心に響いた様子。
先ほどまで『けったいなこと』と言っていた鈍よりした、
眠そうな目も数ミクロン開いたようか?

 

小林は、答える。

「こうやって、フウカさんのことを色々な
方たちに話すようにしているの。
私は、自分から動くタイプではない。
どちらかといえば、主人の扶養の範囲で
ソコソコのことをやっていればよいと思っていた・・・」

でも・・・」

 

「でも?」

 

この庶務課員は、女性の大先輩である小林の意見を、
身体の向きを美しく正面にして、耳に入れようとする。

 

「ある程度年齢を重ねたら、『責任』が必ずあるの。
いくら自分が『ソコソコ』でいいと思っても、
せっかく力のある若い女性が『こんな楽な選択肢もあるのか・・・』て自分のせいで、思ったとしたら・・・
罪だと思う。私は力がないけど、力のある女性のことを、
どんどん紹介することは出来るの」

 

「小林さん・・・」

 

庶務課員も、能動的に小林に対して言いたいことが
出来たらしい。

 

「私たちのような若い人たちの前で、
私は力がないから・・・』なんていうことも罪ですよ。
小林さんだって、こんな力があるじゃないですか!」

 

若い庶務課員は、小林のパソコンのモニターを指差す。

 
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2008年11月16日

季節風 第57話

    十月 二十ニ日  ― 冨樫&浦山・・・
地下資料室にて、タイムカプセル開花
 

冨樫は、ゼリー状の栄養補助食品で簡単にランチを
済ませ、残りの昼休みを利用して、地下の倉庫へ
足を向けた。

 

換気も悪く、日も照らない。
この倉庫には、創業時の記録簿や庶務課も
どう処理していいかわからない、
てるに捨てられない大昔の会議資料集などが、
集められている。

マイクロフィルムへ保存するほどでもなく
現在のように電子化が出来る時代のもの
ではない書類達が、殆んど放置状態だ。

 

(こんなに臭い場所でよく、あのカサマキさんは、
サボリに来れるよ。まさか、こんなところで
タバコなんか吸っているわけがない。
一発で火災報知器が鳴り響くよ)

 

“会社の膿”を排除することが、自分の使命。

 

フウカにも、そう宣言した。
あと十年後、自分も安岡や武田のように
管理職になっているかもしれない。

でも、少なくとも間違っていること、
誰かを不幸にする仕事などいくら会社の命令
とはいえ、突っぱねる強さを持ちたい。

それで、身分が危うくなっても後悔などしない。
信念をもって、逆に代替案を提起できるような
人になりたい。

 

フウカに、刺激をされたのか・・・解らない。

 

(カサマキが、カギ。星野さんの企画が
お蔵入りになりそうな理由は、安岡部長に
それだけの裁量がないから。自分の殻を
破ることができないから。

この会社に、醜い魑魅魍魎が住んでいるから。

悪い歴史が、まるまる商事に呪いをかけている。)

 

(カサマキ・・・浦山・・・)

 

スーツの上着をぬいで、シャツを
上腕部までたくし上げる。

 

(絶対に膿をとってやる!この倉庫に
何かがあるはず。カサマキが毎日、
訪れなければならない何かが・・・
浦山秘書も様子を見なければいけない何かが・・・)

 

冨樫は額の汗をぬぐうことも忘れ、
限られた時間でなんとか宝を見つけようと必死だ。
古いダンボールから、はらはら落ちてくる埃が
喉に入ろうと、咳を続けようと構っていられない。

 

『昭和六十年度  企画室資料』

 

こんなタイトルが書かれているダンボールが、
一番上段にある。

しかも、他のダンボールは一応ネームテープで
タイトルが貼られているというに、当時のままで
明らかに放置されっぱなしであることが伺える。

 

三十代の男が持てる筋力を使って、
背伸びをしてダンボールを取ろうする。

しかし、重すぎてしかも古すぎるダンボール
のため、底が抜けてしまった。

勢いよく、それはまるで封印された歴史を、
瞬時に思い出してくれといわんばかりの音音が響いた。

 

“バサッ! バサ バサ!!バサバサ・・・・”

 

二十年前の歴史。タイムカプセルが怒って壊れたかのような音。

その書類の山々のてっぺんに、一冊の企画書が現れた。

 

“ビューティ企画室 室長・・笠牧あずさ 昭和六十年 四月”

 

「カサマキ → 笠牧 !これだ!!」

 

冨樫はその企画書を、胸に抱えて地下室を飛び出した。

ようやく、“カギ”を見つけた。

 

「カサマキさん、本当はこれを誰かに見つけて
もらいたかったのか?本当は、この箱は、
こんな所にあるべきものではなかったのでは?」

 

会社の膿を取り除くステップを、
冨樫は踏みつつあった。全速力で、階段を駆け上がる。

途中で、初老の男性とすれ違いそうになる。

 

「浦山さん!」

 

冨樫は思わず叫んでしまった。
カサマキの書いた企画書の謎解きの前に、
同じ男として、話がしたかった。

 

「お疲れ様です。あなたは、確か経理部のホープ冨樫さんだね。安岡部長から噂は聞いています。」

 

驚いた様子など全く見せず、浦山は穏やかに
冨樫に話し掛ける。

 

「浦山さん、なぜこんな地下室・・・」

 

質問をしようとした富樫に対して、
浦山は冨樫が抱えている古い書類を見つけ、
神父のような笑顔でこう言った。

 

「ようやく 見つけてくれたのですね冨樫さん。
笠牧さんも喜びますよ」

 

「オレにどうしろと!」

 

「それは、あなたが決めるのです。
あなたが判断して、その企画をどうするか・・・
主任ですよね、冨樫さんは。
安岡部長も出来ないことを、あなたなら
出来るのではないですか?期待していますよ。」

 

礼儀正しく富樫へ会釈をして、地下室へと浦山は向う。

 

冨樫は、今一度古い企画書を見つめ、
日のあたる方向へと駆け足で登った。

 

(ひとつ。私の任務も終わった・・・
さて、次はどの企画を見つけやすい
場所に移そうか・・・カサマキさんの企画書シリーズ)

 

初老の浦山も、暗い地下室で、
『自分の出来ること』を一つ完成させていたようだ。

 

(会社は魑魅魍魎の棲家。)

 

(役員である私が、会社の方針に逆らうような
行動など執れない。社長秘書であるのだから・・・
先代から支えていた私のモットー。)

 

(若い人の足を引っ張ることなく・・・
気付きをやさしく教えてあげる・・・)

posted by YUMMY at 21:37| 東京 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月31日

季節風 第56話

最初から不本意だった事務職。
フウカのガンバリぶりは正直刺激になり、
今でもどうしたらよいかは解らないが、
「自分の出来ること」を常に問い
掛けるようになった。
チカコの思い切りの良い行動にも、すごく励まされる。

実は、あの夏の定例会の帰り道、
チカコと安岡部長の幸せそうな様子を見て、
翌日の昼休みに離婚届を取り寄せた。

さっき、チカコが『協議離婚』が
成立したと言ってびくりとした。

 

実はアキ子も、目下『協議離婚』の成立に
向けて忙しい身なのだ。

親権を巡って、対立をしている。

 

(職場には絶対持ち出さない・・・)

 

堅く心に、刻む。

悠長に、自分の再就職先などを
リサーチしている場ではない。

 

「小林さん!あの夏の誓い、
 絶対やり遂げようね!

フウカの企画書を私たちも、
 自らパフォーマンス開始!」

 

このステージで、この会社で私たちは、
付加価値の高い仕事をやり遂げる。
ここで諦めたら、再就職先を探しても
成功はしない。

 

上司がわからずやだったら、
そんな奴あてにしないで、違う方法を考えればよい。

 

昔のアキ子では考えられなかった、前向きなパワー。

 

長いものには巻かれない。

 

「ねえ、小林さん、今日って何の日かわかる?」

 

「二十日よね・・・スーパーで特売があるのかしら?」

 

「経営会議が、毎月行われるのよ!
ねえ、私たち非正規社員も意見が言えるように、
働きかけてみない?」

 

「え?これから・・・ちょっと急なんじゃないの、
アキ子さん。」

 

「今日はムリ。作戦を考えて、
 今年度中には、なんとか実現しましょう。」

 

経営会議への参加。
これがアキ子の『自分がやりたいこと』

 

『自分が出来ること』を自問自答するより、
一歩も二歩も進化している。

  
posted by YUMMY at 22:18| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月19日

季節風 第55話

    十月 二十日  ― アキ子とパート小林、
  派遣チカコ 秋の帳
 

「最近、フウカさんはどう?」

 

パートの小林はチカコに問う。
カーディガンのボタンを留めながら
肩を少し振るわせる。

ここは『まるまる商事』の屋上。
社員食堂で偶然三人共に昼食を取る事が出来、
たまには趣向を変えて、屋上に上がろうと
小林が提案した。

 

秋も深まりつつあり、女性社員に制服として
 ジャケットの支給はなく、銘々が好きな上着を
 羽織っている。

 

「フウカさんは、相変らず頑張っているわ。
 昨日なんて、遂に安岡部長に自己評価表を
 提出していたわ。」

 

薄ピンクのカラーとよくマッチしている、
 紺のシルク混合のジャケットを美しく纏い、
 チカコは遠くの景色を眺めながら答える。

 木々の色づきを確認し、視界を下に移す。

 小学生も低学年位までは、もう下校時刻なのか?
 可愛らしく黄色い帽子を被った集団下校らしい
 団体が、パタパタ走りながら横断歩道を
 渡る様子が見える。

 赤と黒の小さな亀さん達を眺めながら、
 アキ子は更にチカコに質問する。

 

「ひょうかひょう?」

 

「そう。夏に私たちが集まった時、
 フウカさんたちが『企画書』を見せてくれた
 じゃない。その企画をフウカさん自身が、
 日々の業務の中でパフォーマンスしているの。
 その仕事でどれだけ、会社に貢献できたのかって
 安岡部長にアピールしているん
 じゃないかしら・・・」

 

アキ子は、チカコの話を聞きながら
 あの夏の集まりの時に、偶然目にした
 安岡部長とチカコを思い出した。
 まだ、二人は続いているのか・・・
 平静を装って、安岡を『ただの上司』の
 位置付けで話をしているが、本当はフウカの
 行動を二人でせせら笑っているのではないか?
 こんな懸念が、頭を持ち上げる。
 アキ子は少し意地悪な質問をする。

 

「あら、チカコさんステキなブレスレットを
しているわね。恋人からの贈り物でしょ?
どんな方なの?」

 

パートの小林も、やさしく穏やかな
お姉さん顔でチカコの細い右腕に飾られている
プラチナのブレスレットを指で、つんつんする。

 

小学生たちも、銘々家路へ帰ったのだろう。
赤と黒の亀さん集団は既にいない。
その集団が渡った横断歩道の先に、オーダー
メードのドレス販売店らしい、ショーウインドウ
が見える。

店員が、一生懸命マネキンにカシミア
らしきコートを着せている。季節の先取りを感じさせる。

 

少し鼻をすすり、チカコが美しい笑顔で答える。

それは、とてもはっきりとした日本語。
はきはきと初々しい小学生が、国語の朗読の時間に
努めて大きく読み上げるような声で。

 

「私、これをくださった方と来年の春結婚します!」

 

「えーおめでとう!」

 

アキ子の思惑など解るはずもない小林は、
チカコの両手をしわしわの両手で包み、
満面の笑顔で祝福の言葉を送る。

 

冷静なアキ子も、驚きを隠せない。

 

次の質問をする前に、チカコが一番聞きたい答え
を言ってくれた。

 

「お相手は、経理部の安岡部長です。
 あちらの奥様も協議離婚が成立して、
 こんどの連休に、私の実家へ挨拶に
 来てくれる予定です」

 

愛情に最近、触れていないからこそ、
 実はそれに飢えているからこそアキ子は解る。
 チカコの姿勢から、安岡を本当に
 大事に思っている。そして安岡も同じ思いに
 違いないことが。

 

チカコは何も、目先の野心だけで自分の上司
 に近づいたのではない。

 それは、フウカも勿論、アキ子も気が付かない、
 普通は草臥れた男性が大抵、抱えている独特の
 古い思考も、チカコの目線では愛しく見え、
 もっと自分の力で何かをできないか、
 助けられないかを常に考えさせ、
 母性などという、いとも簡単な表現すらも、
 撥ね付ける想像できない心で、安岡を愛したのだ。

 

チカコは、安岡と共にフウカをせせら笑うなど
 するわけがない。少しでも、疑った自分を恥じる。

 

「二人でいる時も、実はフウカさんのことを話します。
『星野さんは、この会社じゃなくて、
 もっと違うところで輝ける』って彼は言います」

 

 部長を『彼』と呼ぶ。私たちに大発表をしたので、
 気遣いが少々薄れたらしい。

 

 アキ子も小林も、これ以上チカコに何も言わなかった。

 

(あなたが婚約者なら、フウカの友達なら
 もっとあなたが、安岡部長に働きかけて、
 フウカを表舞台に立たせなさいよ!)

 

この発言は二人ともしなかった、
そんな考えは、立派なルール違反。

 

フウカだって、望むわけがない。

 

「じゃ、わたし先に戻りますね。
 冨樫主任の仕事を手伝わないと
 いけないので・・・」

 

 チカコは、先に階段へ向う。

 

「お子さん、もう学校になれたでしょ?
 あ、ごめん。こんな質問、職場では
 されたくないんでしょ?」

 

小林は、話題を変える。幸せな花嫁の
 これからは、勝手に神様が味方をしてくれる。
 アキ子の凍りついた私生活を察している
 小林は、アキ子が気がかりだ。

 

「小林さん、お気遣いありがとう。
 うちの人事部は、揃いもそろって
 私に話し掛ける時は、子供の話よ。
 間違っても、最近の経済ニュースのことや、
 人事制度の見直しをどう思うかなんて、
 私には語りかけてこない・・・」

 

「子持ちの主婦なんて、最初から戦力外としか
 見られていない・・・とっくに解りすぎているけど、
 諦めたらこれからの若い人たちにも、
 お手本にならないわね。
 フウカさんは一人で頑張っているんでしょ?

 もう半年で今年度も終わり・・・
 なんとか、私たち主婦
OLも結果を残しましょ!」

 

パートの小林は、自分をアキ子と同位置に下げて励ます。

 

人の影響力ってすごい。

 

アキ子は、入社してこれまで半年を振り返る。

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2008年10月04日

季節風 第54話

(何の用?!)

 

心の叫びを冨樫は聞くはずもないが、
それに答えるかの如く冨樫は口を開く。

 

「手短に話します。すみません!
 星野さん!実は、星野さんの企画書を
 オレ読ませて頂きました」

 

冨樫は、まず平謝りをした。

 

フウカの頭のなかは、混乱する。
 安岡部長に提出して、それもつき返されたと
 思っていた・・・なぜ、冨樫の手に企画書が
 握られているのか?そんな質問をしたところで、
 富樫は説明する余地もなさそうで、
 その姿はまるで好きな女性に告白をする、
 数年前にブレークしたオタク系の男性の
 必死な告白シーンを思い出させるかのようだった。
 心臓も口から出そうな面持ちで、
 フウカの想いをぶつけようとしている。

 

 冨樫の今までの印象をほんの少々だが、
 払拭されそうな天然フウカ。

 何かを必死で伝えたい、
 そんなまっすぐな想いが感じられる冨樫の姿勢。

 

「感想を伝えるのは、オレのすべきこと
 ではありません。主任とはいえ、
 星野さんの方がオレより、比べ物にも
 ならないくらいにキャリアあるし・・・

 ただ、安岡部長のことを伝えたいのです!
 部長は、本当はあなたの企画を評価しています!
 これをみてください!」

 

冨樫は、缶コーヒーのリングプルを抜くのを止め、
 小脇で抱えながら、少ししわになった古封筒から、
 フウカに対して、書類が正面になるように封筒から
 丁寧に抜き出し、両手で渡した。

フウカは、昔自分が丹精こめて作った作品を
 見るかの如く、少し懐かしい気持ちで企画書を
 めくり始めた。原本は、確かフウカが持っているので
 安岡部長がいつの間にか、コピーをしたのだろう。

 

“残業ゼロで、付加価値の高い仕事を!”
 このサブタイトルには、黄色いマーカーが
 引かれていた。

そして、鉛筆でしかも紛れもなき
 安岡部長の筆跡で“・コスト削減・経理部内で
 労働生産性徹底追求”と上司としてふさわしい
 助言らしきメッセージが書き加えられていた。

“人事部との調整は?”こんな課題点も加えられている。

 

「安岡部長は、星野さんの企画を何とかデビュー
 させたいと思っていたのではないでしょうか?」

 

冨樫は、フウカに語りかけるが、
尚もフウカは自分の作品に注視する。

さらに最終ページには、暗号めいた
一言が添えられていた。

 

“笠牧は、二度と出さない

 

(笠牧?カサマキ? → エビス様?)

 

(あのいつも地下の倉庫で、タバコを吸って
 過ごしているエビス様のこと?)

 

この企画と、あの女とどう結びつくのか?
 頭を回転させようとするがまったく脳が働かない。
経営企画は得意だが、推理など大の苦手なフウカ。

 

冨樫からもらった、甘すぎる缶コーヒーを
少し飲もうか・・・

 

「オレ 本当はこの会社で骨、埋めたくないんです。
星野さんだって気が付いているでしょ?
経理部内で伝票操作して、業者へ不正に
送金している件。
あまり、信じたくないけど一部、
安岡部長の懐にも入っている噂もあるし・・・

会社ってどこも、グレーなところはあると思うけど、
こんな経理したくないんですよ。」

 

“カサマキ”の件で、何か知っていることは
ないか冨樫へ尋ねようとしたが、
冨樫が普段鬱積している思いを
打ち明けそうなので、コーヒーのお礼
代わりに耳を傾けることにした。

 

「上司の顔色を伺って、
仕事してグレーなことして、付き合い残業して・・・
こんなことして、定年を迎えるなんてまっぴら
ごめんですよ」

 

少し耳障りな音をたてて、缶コーヒーを飲む。
フウカとは、同年代だが幼さが見える冨樫。
お姉さん顔で、もう少し話を聞くことにする。

 

冨樫は辺りを見渡し、誰も人がこないことを
確認すると、地声を少しトーンダウンして、
打ち明け話を始める。

 

「オレ、本当は安岡部長の尻尾を
捕まえられないかなって思ったんです。
長谷川電機へ架空請求させて、
毎月ごっそり送金して・・・
安岡部長が本当にそれに対するリベートを
もらっているのか、もしそうなら、
証拠を掴んで役員会へ内部告発しようと思ったんです。」

 

萌え系サイトを眺めながら、
自分の仕事もせずに、こんなくだらない
企てを考えることが精一杯のキャパシティ。
こんな非力な冨樫を、心から哀れんだ。

 

ただ、冨樫の一言のおかげで、
条件の良くないエレベーターの
メンテナンス業者である『長谷川電機』
の入れ替えが出来ない理由が大方理解できた。

冨樫は、もちろん主任だから非正規社員
のフウカがタッチできない、政治仕事にも
目をつぶってやってのけているのだろう。

 

それに対して、反論など出来ない。
それくらいは天然フウカでも、予想は出来る。

 

ただ、それではなんのために
『富樫』は存在するのか?何も内部告発など考えずに、
自分のオリジナリティーを全面に出せばよい。

枕詞をつかいながら、やんわりと断ればよい。
そして、具体代替案を堂々と述べればよい。

いつものフウカなら、ここで説教をするが、
まだ富樫が話しの続きをしたい様子なので、
大人しさを決め込んだ。

手持ち無沙汰なので、少しぬるくなった
甘すぎるコーヒーを口にする。

 

「安岡部長って不器用なんですよ。
 接近して、食事にも誘ってもらったりして・・・
 おかげで人柄が解りました。結局自分をしっかり
 守ることで精一杯。
 殻から抜け出せることなど出来ない。
 会社の指揮命令ためなら、何でもする。
 でも弱いものは、守ってあげたい。
 星野さんは、家庭責任があるから、
 安岡部長の目線では『弱いもの』
 だったんでしょ。でも、壮大な企画力が
 ある人間だと解り、自分の指揮で動く駒ではない。
 生理的に排除しようとする。
 でも、本当は認めてなんとかしてやりたい・・・」

 

「自分を超えそうになるものは、排除したい。
でも、自分の指揮棒内で動いていれば認められる。
その殻を破ろうとは思わないのね。なんとか、
自分の部下を認めて、表舞台に立たせれば
自分の評価アップにも繋がるとは、思えないの?
オトコは?!」

 

冨樫の話を遮るように、フウカは感情的に
初めて富樫に話を返した。僅かな狼狽を見せるが
冨樫は主任らしくフウカに言葉を返す。

 

「部下が女性だと、保守的な男は、
しり込みをするんでしょうかね、
オレにはまだ解らないけど・・・
でも、これだけは言えます。
安岡部長はやさしい人です。

こうやって、星野さんの企画だって
ちゃんと認めているあかしがあるじゃないですか。
これこそ評価です。すみません。生意気言って・・・
実は、オレ星野さんと同じ年の姉がいるんです。
離婚して、今は法律事務所で働いています。
あの年で、弁護士めざしているんですよ・・・
あ、すみません星野さん。星野さんを見ていると、
故郷の姉を思い出して・・・応援したくなるんです。

どうも、忙しい中すみませんでした・・・
経理部へオレ先に戻りますね。」

 

缶をゴミ箱へそっと捨て、後ろ向きになろうと
した富樫にフウカは、慌ててお声をかける。

 

「富樫主任、あなたは安岡部長が
 リベートをもらっていると思う?」

 

「さあ。でも、そんなのどうでもいいです。
この会社で、オレは置き土産を残して
辞めるつもりです。」

 

「おきみやげ?」

 

フウカは素直に問う。どんな仕事を、
この『まるまる商事』に冨樫は残すのか?

 

「カサマキさんのことです。星野さんの
企画書の最後にも、書き込まれていますよね?
“カサマキは二度と出さない”と・・・意
 味不明ですよね?今わかっていることは、
 第一秘書の浦山さんと日々地下室で、密会を
 続けていることです。もっと調べて、
 この会社の膿を取り除くことを
 オレ使命にするんです。失礼します」

 

会釈をして、冨樫は経理部へと帰っていった。

 

冨樫のセリフから、フウカの脳裏は過去のど
うでも良い記憶がフラッシュバックされる。

 

“B1のボタン”

 

遅い昼休みの帰り、フウカにとっては
 キーパーソンの存在である第一秘書浦山さんと
 エレベーター内で時折出会い、
 仕事の話をしていた。
 そういえば、フウカが押した経理部のあるフロアと、
 もう一つ赤い階数ボタンが点灯していた。

 それが、地下の階数ボタン。カサマキと遭うためか・・・

 

直属上司に企画を通しても、
 伝わらないので浦山を伝に経営会議で、
 取り上げてもらわないか相談するつもりだった。

アキ子に止められたが・・・

 

“B1=地下室”

 

フウカの脳裏内では、今のところこれしか
答えが出ない。あの経理部余剰人員エビス様と、
浦山さんが繋がっている?

冨樫もフウカも実は、推理が苦手。
似ているもの同士らしい・・・

 

でも、すがすがしい。

 

エビス様と浦山さんのことなど、
冨樫主任に任せよう!彼は、実はこの会社の
改革者の一人になるかもしれないのだ。

 

(冨樫主任が出来ることは、
 会社の悪い膿を取り除くこと!)

 

フウカは、腕時計を眺める。4:15。
まだ、定時まで一時間十五分ある。
ここで、冨樫と五分ほど話し込んだから、
その分は、業務ピッチを上げて埋め合わせをしよう。

 

(まもなく中間決算ね。予算超過している
 部署をピックアップして、残りの半期に向けて、
 コスト改善具体案を創りあげよう。
 この時期はそんなところかな?まあ、
 安岡部長は取り上げてくれるかな?
 まあ、いいか。そんなの気にしない!)

 

冨樫との会話で、天然フウカはようやく
フウカらしさを取り返した。

 

“会社を良くすること”これが、フウカの使命!
拒絶されようが、何だろうが、
これは
,絶対に誰からも非難などされるはずない、
フウカの底チカラ。

 

あと、半年でフウカは予定通り異動されるのか・・・
それとも・・・

 
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2008年09月27日

季節風 第53話

    九月 十日  ― 冨樫&フウカ 和解

経理部にて、フウカがいつものとおり
会計伝票をパソコンへ入力している。

顔はすっかり覇気が抜けている。

 

『ワークライフバランスを我が身に!
 残業ゼロで、付加価値の高い仕事をしよう!』

 

こんなスローガンを、企画書に注ぎ込み、
安岡部長に提出して見事に失敗。

それでも、めげることなく「口先だけ」に
ならぬようにフウカ自身のビジネスライフの中で、
周囲にアピールをすると決めたはず・・・

 

いくら、信念を持っていても、
強くてもフウカだって一人の主婦OLに過ぎない。

しかも、非正規社員。
役職などを持つ筈もなく、いくら一人で志を
めいっぱい躍動させたところで限界がある。

 

男性側の目線だけで、繰り広げられている
『女性活用』に対して現場で働く女性社員
の声を響かせたかった。

 

“男性社員のみなさん!毎日の遅くまでの
勤務お疲れ様です。でも、たまには定時で帰って、
お子様と今日の出来事を話しませんか?

そんなことしたら、仕事に響く?
いいえ、良い方法は、主婦OLが知っています。
時間に制約のある主婦OLからの仕事術を
見習いませんか?“

 

これはフウカが、安岡部長に提出した
企画書の冒頭。あまりに思い切りすぎた
のだろうか?

 

この企画書提出だけではない。フウカは会社に
利益をもたらすために、四月一日の入社から、
自らのチカラを最大限に発揮しようと
安岡部長に働きかけをした。

 

良いと思うことは、たくさん提案してきた。

たとえば、経理部内のデスクや什器類を
働きやすくするためにレイアウトの改善。
各部門の経費の使い方に関する監査の実施。

 

そして、取引業者の精査や入れ替え。

これらが『余計なこと』と判断され、
遂にはフウカに異動の烙印が押されよう
としているのか?

 

(限界・・・一人・・・)

 

気持ちがすっかり萎えきってしまい、
混沌とした独り言を呟く。次第にパソコンを
眺める目線は、かなりピンとがずれている。

パンチミスも多々ありそうだ。

 

(少し、休憩でもしようかな・・・)

 

首をまわさず、目配せだけで経理部内を見渡す。
チカコは、涼しげな顔でファイリングをしている。
余剰人員のエビス様ことカサマキは相変らず、
地下室で一服か?

 

安岡は、何やら資料を眺めている。

 

(あー疲れた。やる気もないので、今日も定時で帰ろう。)

 

フウカらしくないネガティブな決心を、
 心の中で誓う。そして、休憩室にある自販機へ
 行こうと席を立とうとした。

 

その時、フウカのデスクの左脇に黒い影
 が立った。席を立つ動作を少し小さな力で、
 拒絶された。

 

「富樫主任・・・」

 

フウカは驚いた。冨樫は入社以来、
 挨拶をする程度で殆んど口を聞いたことがない。
 だいたい、業務中に萌え系サイトを眺めている
 男にフウカは関わりなど持ちたくなかった。

そんな男が、当たり前のように昇進コースへ
 進めている現状にも怒りを通り越し、
 あきれてしまいとにかく、避けていた。

 

もっとはっきり言えば、大嫌いな男の一人だった。

 

「なんですか?」

 

天然で、感情を隠すことが苦手なフウカ。
やはり怪訝そうに冨樫に返事をする。

 

「ちょっと、この書類のことでお尋ねしたい
 ことがあるのですが・・・
 廊下まですみませんが、お話よろしいですか?」

 

冨樫は、フウカに何かサインでも送るように
 目線を廊下にやりながら、経理部内から廊下へ
 連れ出したいようだ。

フウカと冨樫は、廊下へ出る。
 フウカの顔は相変らず怪訝そうだが、
 冨樫は珍しく仕事顔だ。
 萌え系サイトにも秋風が吹いたのだろうか・・・

 

廊下に出て、自販機から冨樫が缶コーヒーを
 二つ買う。ミルク入りで糖分も高めに入っ
 ている物だ。気を利かして、冨樫がおごるが、
 好みまではフウカに尋ねない。

 

「ありがとうございます。」

 

フウカは社交辞令でも礼をいいながらも、
 こんな男とは一刻でも話しを終えて席に
 戻りたい一心だった。

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2008年09月21日

季節風 第52話

八月二十六日 未明 ― アキ子 タクシーの中で 

ダイニングから、タクシーを呼んでもらい
コウイチをおんぶする。
ぐったりと寝込んで、とても重い。
後部座席に、寝かせる。

 

(悪い母親ね。こんな時間まで息子を連れ出して・・・)

 

心の中で反省文を読み、家路へとタクシーは向う。

 

「何もしていない」

 

「なんですか お客さん?」

 

思わず言葉が口から出てしまったようだ。
運転手が自分のことだと思い、反応した。
アルコールも深めにアキ子の身体に染み渡り、
運転手の言葉に構わず思案をする。

 

「長いものには、まかれろ・・・」

 

「大丈夫ですか?お客さん・・・」

 

お客が『大丈夫』なことを運転手は確認し、
まっすぐに前を見て安全運転に徹する。
ただの、女の酔っ払いにでも映ったのだろう。

 

(『まるまる商事』に入社してから、
 いいえ実は前職の不動産営業をしていた時代から、
 実は私はなにもしていなかった・・・)

 

先ほどまでダイニングで声を荒げていたのに、
 ようやくアキ子の心は沈静化しているよう。
 他人が言ったセリフを、心の中で
 繰り返しはじめている。

 よほど、アキ子の心に響いたのか?

 

運転手のサイドシートに座り、
 左側の景色を眺めながらアキ子は
 『まるまる商事』に入社して
 これまでの自分の行動を振り返る。

 

(初めての事務職・・・前向きに取り組もう、
 ましてや『付加価値をあげよう』など発想も
 したことがなかった・・・早く、
 復讐離婚のためにもっと適職を見つけようと、
 日夜再々就職先を探していた。

 自分より強い立場の人間には仮面を被り、
 フウカのような同僚に対しては本音をぶちまける。
 長いものには、巻かれて自分を守るのは、
 前職からの姿勢・・・)

 

「自分ができること・・・
 今からでも間に合うの?」

 

アキ子の中で、何かが変わろうとしている。
声にも出している。

 

運転手は、自分の仕事に集中している。
お客はブツブツ独り言を言っていても、
とにかく無事。家路まで、
安全運転で送り届けることしか、もはや考えていない。

 

「フウカ。ごめん・・・あなたの企画のとおり、
明日からやってみるわ。
長いものなんか、跳ね除ける。」

 

家についたら、水を飲もう・・
 そんな小さな計画を決めた後、
 外の景色から、興味深いモノが目に入った。

 

(チカコ・・・)

 

そういえば、先ほどダイニングから
 チカコがカレシと待ち合わせだと、
 私たちより先に外に出たのだった。

 

『自分ができること』という
 キーワードを残して・・・
 チカコが、そのカレシと仲良さそうに
 軽く手をつないで路地を歩いている。

 相手の男性は、チカコよりもかなり年上らしい。
 紳士らしく、チカコを気遣いながら歩いている
 様子だ。

 

 そのとき、アキ子の左胸は通常よりも一瞬、
 鋭い心拍を打った。

 

(安岡部長!)

 

チカコの恋の相手が、同じ経理部内の安岡部長?
 美しくて、聡明で、なにも不倫などしなくても、
 チカコと同年代のフリーの男たちなんて
 何ら苦労をしなくても、たくさんいるのだろうに・・・

 

 チカコのセリフを思い出す・・・

 

『古株の男性管理職だって、
 やりたくなことをしている』

 

(ああ、私としたことが・・・
 気がつかなすぎ。フウカが天然だなどと、言えない)

 

そして、このチカコのセリフからも更に
気が付いたことがあった。
チカコは、本当に安岡を大事に思っている。
安岡のチカコを庇いながらの歩き方からも、
若い恋人への愛情を自然に感じる。

 

(でも、これがひょっとしてチカコの
『自分ができること』?)

 

先ほどの、アキ子の真面目な『誓い』から、
思わぬ光景の登場で、少しグレーなのか、
それとも恋色でパステル調なのか、
説明がつかない思いで、アキ子の心はいっぱいだ。

 

自分の出世のために、「おんな」を利用する。
アキ子はこの方法には肯定派だ。

堂々と『自分ができること』と言ってもよい。
チカコほど、美しい女性はどんどん利用すべき。

 

(夫がいる妻の立場で、チカコの不倫を責める?
そんなことするわけがない。)

 

アキ子もとっくに自分の夫への愛情などない。
アキ子のライフワークの中では夫の存在など既に消えている。

アキ子だって夫に代わるステキな男性が現れれば、
そちらへ傾き兼ねない。

 

ただ、「かすがい」のために心を防御
しているにすぎない。

夫とは、ほとんど接触もない。
「生ゴミ」にしかならないであろう、
食べてくれるあてなどない、
食事を義務的に作るだけだ。

 

(あしたの昼休みにでも、
『緑の用紙』を区役所からもらってこようかな?

それとも、インターネットから
ダウンロードできるのかしら?)

 

もっと素直に、生きよう。
心の中で卑怯な暴言劇場など繰り広げることも
やめよう。言いたいことがあったら、口に出していおう。

フウカの企画書、チカコの恋(野望?)
これらのことで、アキ子は見事に自分の
進路を急速に変えていく。

 

(冬になる前に・・・)

 

(離婚を申し出よう。
 そして、わたしの日常を変えていく・・・)

 

そう。これが、アキ子の『自分が出来ること』

 

もうすぐ、朝がやってくる。

posted by YUMMY at 22:19| 東京 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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